2 火元の特定
【争点】
消防士渡邉証人は現場敷梁北側(側面)の焼けが強く、同所を火元と断定する証言及び報告書を作成した。同証人が作成した火災報告書を元に火災発生現場を再現し、敷梁が火元となり得るのかを実証した。
結論を先に述べれば、同所は火元とはなりえず、火災及び延焼を再現する事は認められなかった。
経験則と教科書通りの知識から導き出された消防士渡邉証言は、真実とは程遠いものであった事が立証される結果となった。しかし裁判所は経験豊かな消防士の証言を全て採用したのだ。
1級建築士監修
火災元検証実験棟意見書
1級建築士監修
火災元検証実験棟見取図
小千谷消防火災報告書添付現場図面
各種助燃剤による敷ばり側面を燃焼させる実証経緯説明
【実証の趣旨】
渡邉消防士証人が一審公判廷に於いて本件火災の火元は105号室天井裏、敷ばり北面と断定をしていた。
その根拠は同証人証言調書の記載のとおりであり、同所以外の発火では合理的な説明が出来ないとしている。よって他所での出火を否定するものであるが、実際に火災現場を再現し、物的証拠つまり痕跡を残さずに同所を発火点として上部基台(合板パネル)やさらに母屋野地板までの延焼は同証人の証言通りに燃焼経路を辿るのかを明らかにするために行うものである。
【実証主体者】
・建築物施工管理業者 佐藤和則
(所在地:新潟県小千谷市岩沢976-3)
・波多野冬
(所在地:新潟県長岡市川口牛ヶ島2575-1)
【現場再現の状況】
・現場再現セット
天井ボード、敷ばり、基台(合板パネル)、それらを構成するための柱。
これらを火災報告書添付の現場見取り図面を元に1級建築士に事件現場の図面を起こし、同図面通りの寸法で株式会社水落内装(新潟県小千谷市大字岩沢2430)が実験棟を忠実に製作。詳細は1級建築士作成図面を参照されたい。
・電気機材
1、基台(合板パネル)に設置されていたバスシステム関連機器からのアルメックス製エアブロー制御盤(型式EC-9200)で用いられている日東工業製プラボックス(型式P12-1525A)3台を等間隔に設置(詳細は1級建築士作成図面を参照)
2、YAZAKI製2.0mm×2芯VVFケーブル(事件現場で使用されていた電気ケーブルと同規格)
上記機材を本件事件現場と同等の条件に配置して実験の準備をする。
【実験時の諸条件】
実験開始日時 平成28年6月27日 午前9時25分
気象状況 天候晴れときどき曇り 室温24℃
【助燃材の種類】
1、 テムポ化学製「着火剤(ペーストパック)」
・主成分 メタノール
・内容量 20g×10パック 計200g
2、 テムポ化学製「着火燃W」
・主成分 メタノール
・内容量 250g
3、 新富士バーナー製「業務用パワーガス・プロ」(型式RZ-860)
・主成分 有臭LPG(液化プロパン、液化ブタン)
【温度測定機材】
(メーカー及び型式)
・ライン精機製 K型熱電対式温度計(型式:TC-2200)
(仕様)
・センサタイプ:熱電対 K型
・測定周期:0.4秒
(性能)
・測定範囲 0~750℃
・分解能 1℃
・精度 ±(1%+1℃)
(測定入力数)
・A、Bの2系統入力(但し温度表示はAまたはBの切り替え式)
【実験撮影方法】
実験開始とともに定点観測用カメラ1台で動画を撮影、記録。
同時にもう1台のデジカメで実験の状況経緯写真を撮影、記録。
【実証1】パック型着火剤による敷ばり側面を燃焼させる実験
1、 従前の火災現場再現セットの基台(合板パネル)に設置されている番号1のプラボックス下、敷ばり側面に一番接近し得る位置の天井ボード上にテムポ化学製「着火剤(ペーストパック)」置く。
同所に着火剤を置いた理由として、既に敷ばり北面の焼損の激しい場所が出火点と事実認定されていることから、着火剤直下の燃焼温度は低く、敷ばり北面を激しく焼損させるためには着火剤からの炎の突端が燃焼最高温度に達することから、敷張り側面を加熱することが最適な場所と精査した。
2、 チャッカマンタイプのライターで同着火剤に点火。
3、 着火剤はすぐさま燃焼。点火から約2分後、着火剤全体に火が回る。
4、 点火から約3分強、敷ばり側面に伝って炎が上方まで伸び、敷ばり側面及び合板パネル下端に焼けが確認できる。
5、 点火から3分30秒、パック型着火剤から立ち上がる炎の一部が上部プラボックスに達し、同ボックスの熱変形を確認する。
6、 点火から約4分弱、敷ばり側面及び合板パネル下端の焼けの範囲が広がっていることが確認できるが、それ以上上方への延焼は認められない。
7、 点火から約7分、プラボックスが燃焼の熱により大きく変形はするが、落下するまでには至らない。
8、 点火から27分5秒、自然鎮火を確認。
9、 敷ばり側面及び天井ボード、再現セット背面、天井ボード裏面の状況を確認、写真撮影。
10、敷ばり側面及び天井ボード、合板パネルの下端の焼けは確認できるが、上部に位置する基台(合板パネル)やプラボックスへの延焼は認められない。
①パック型着火剤による敷ばり側面を燃焼させる実証
【実証2】ジェル型着火燃Wによる敷ばり側面を燃焼させる実験
1、 使用する再現セットは実証1と同じもの。
基台(合板パネル)に設置されている番号2のプラボックス下、敷ばり側面に一番接近し得る位置の天井ボード上にテムポ化学製「着火燃W」置く。
同所に着火剤を置いた理由は実証1と同じである。
2、 チャッカマンタイプのライターで同着火燃Wに点火。
3、 着火剤はすぐさま燃焼。着火剤全体に火が回る。
4、 点火から20秒後、敷ばり側面下部に焼けが認められる。
5、 点火から30病後、敷ばり側面を伝って立ち上った炎によって合板パネル下端の焼けを確認。
6、 点火から約1分30秒、炎は上部基台(合板パネル)の下端の高さまで細長く伸びる。
(きれいな対流が起きているものと推測される)
7、 点火から15分40秒、自然鎮火を確認。
8、 敷ばり側面及び天井ボード、再現セット背面、天井ボード裏面の状況を確認、写真撮影。
9、 敷ばり側面及び天井ボード、合板パネル下端の焼けは確認できるが、上部に位置する基台(合板パネル)やプラボックスへの延焼は認められない。
②ジェル型着火剤による敷ばり側面を燃焼させる実証
【実証3】
1、 新富士バーナー製「業務用パワーガス・プロ」の炎により敷ばり側面を直接燃焼させていく実験にとりかかる。バーナーのボンベ裏面に40℃以上になると危険との注意書きがあったことから、バーナー噴射口近くにボンベ表面及び持ち手中指に熱電対式温度測定子を取り付け、専用の温度測定器で監視、記録を取る。
2、 ガスバーナーの火炎量は最大とし、敷ばり側面を直接炙る。この時ガスバーナーの火炎の温度は噴射口近くより、約10センチ程度離れた炎の突端が最高温度となることから、この距離を出来るだけ維持しながら敷ばり側面を炙り続ける。
炙り続ける位置は火災現場再現セットの基台(合板パネル)に設置されている番号3のプラボックス下の敷ばり側面とする。
3、 敷ばり側面への火炎放射から約3分弱、加熱し続けている敷ばりからの輻射熱によってバーナーの持ち手が熱せられ、温度を確認すると55℃に達していた。
4、 ガスバーナーによる火炎放射開始から2分15秒、真っ赤に焼ける敷ばり側面からの輻射熱によってバーナーボンベの表面温度が40℃を記録する。
5、 火炎放射開始から6分50秒、ボンベ表面温度が45℃に達する。
6、 火炎放射開始から7分20秒、実験中、赤く焼ける敷ばりからの輻射熱によって常にガスバーナーの持ち手は熱せられ続け、温度を測定するとやはり55℃を示していた。この時点で持ち手は感覚を失いつつあり火傷を負っている可能性があった。
7、 火炎放射開始から10分20秒、ガスボンベの温度が急激に上昇し、その温度が50℃に達したことから、ボンベの破裂、爆発の可能性があり、これ以上実験を続けるにはあまりに危険であると判断し、火炎放射ここで終了する。
この時の持ち手指先温度は54℃を示していた。
8、その後は真っ赤に焼け、炭化深度激しい焼損部から発火、延焼が起こるのかを逐一観察し、記録を取る。
9、ガスバーナーの持ち手に取り付けていた熱電対式の温度測定子を外し、指を確認したところ火ぶくれを伴う熱傷を起こしていたので氷水での冷却により緊急処置を行った。
8、 火炎放射終了から約3分が経過、敷ばり側面の局所的な炭化部分から発していた煙も収まり、同所を発火点として延焼火災に発展する様子も伺えない。
9、 火炎放射終了から約10分弱経過をした段階で、敷ばり側面を燃焼させる実証を行った3箇所からの発火や延焼の有無を経過観察したが、全ての箇所においてその可能性は限りなく低いと認められた。
③ガスバーナーによる敷ばり側面を燃焼及び同敷ばりのからの輻射熱の影響実証
【実証4】
1、 一通りの実験が終わってはいるのだが、焼けた天井ボードへ消火用の水を撒いた後の強度を念のため記録として残すことにする。
2、 実証1及び実証2で焼けた天井ボードに水を撒く。(尚、実証3の天井ボードについては天井ボードを直接加熱したわけではないので、焼けの程度も軽微だったので割愛する)
3、 それぞれに水をまいた後、残燃物を取り除き焼けの中心部を指で押してみるが、天井ボードは凹むこともなく、まして亀裂や穴が開くような現象は認められなかった。
4、 合板パネルに残されたプラボックスを確認したところ、各助燃剤による燃焼による熱変形を認められたが、それ自体が脱落、落下して2次的な延焼を起こす事がない事も確認された。
④天井ボードの耐火耐水実証
【実証結果のまとめ】
3種類の助燃剤により敷ばり側面を加熱し、炭化及び上部への延焼を試みるも、どの方法でも焼けや炭化の焼損は認められるものの、同所を起点として上部への延焼するような状況はいずれの方法でも認められなかった。
特にガスバーナーにおいては火炎放射時間が10分以上にもなるが、真っ赤に熱せられた敷ばり側面からの輻射熱は想像を絶する熱さで、55℃前後の温度が常にかかり、熱傷を引き起こすほどあっただけでなく、ガスボンベ自体の破裂や爆発の危険性まであり、他の助燃剤と比較にならない熱量ではあるのだが、これを敷ばりが延焼火災を起こすまで人間の手によって加熱し続けることは現実的にはあり得ないという結論に至った。
【総括】
渡邉証人の経験則から推認された同所を発火点とした上方への延焼火災は、事件現場の状況を再現することによる実証から整合性に欠ける重大なミスリードがあったものと言える。
また同時に警察、消防、他の鑑定機関においても、火災現場を忠実に再現して事実の立証を行ったところはどこもなく、捜査、調査の過程で憶測や推測に思考を縛られ、事実に目を背けてしまった事を容易に事実認定した裁判所の過失は非常に重いと言わざるを得ない。